日本から直行便で約7時間で行くことができるシンガポール。マーライオンやマリナーベイ・サンズ、ガーデン・バイ・ザ・ベイなどのアイコニックな観光地はいつも大勢の観光客で賑わっています。
東洋と西洋が出会い、自然と都会が美しく混じり合うシンガポールの国土は東京都23区とほぼ同じ。他の国と比べて十分な国土や資源がないことから貿易を中心とした経済発展を目指し、めざましい発展を遂げています。
そのシンガポールが近年、国策として取り組んでいるのが「MaaS(※)」です。MaaSの実現に向けたカーシェア、ライドシェアサービスを中心に、シンガポールのシェアリングサービスの動向を紹介します。
(※)MaaS:Mobility as a Service。 従来の交通手段・サービスに、自動運転やAIなどのさまざまなテクノロジーを掛け合わせた、次世代の交通サービス
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シンガポールの街を歩いてると、整備された美しい街並みに感動する人も多いことでしょう。他のアジア諸国のようにクラクションがあちらこちらで鳴っていたり、渋滞によって交通が麻痺することはほとんどなく、路上駐車もあまり見かけません。
それを可能としているのが同国で行なわれている独自の自動車政策です。シンガポールでは車を購入するにはまず、「車両購入権(Certificate of Entitlement)以下、COE」を取得する必要があります。つまり、車を購入するには「車を購入することを許可します」という政府からの許可が必要というわけです。
国土が狭く、人口密度が高いシンガポールにおいて、仮に際限なく自動車の所有や都心部への流入を認めた場合、そこら中で路上駐車などの違法行為が発生し、それに伴う大渋滞で都市機能の麻痺などが想定されます。シンガポール経済の生命線のひとつ、アジア域内の流通のハブ機能の停滞などあらゆる経済活動に重大な影響を及ぼすことを避けるため、同国では日本の国土交通省のような役割を担う「Land Transport Authority(LTA)」が、車やバイクの総台数を細かく管理しているのです。
シンガポールで「COE」を取得するには、日本の自動車取得税のように一定の金額を政府に支払う必要があります。ところがこのCOEは、日本とは異なり価格が定められていないことが大きな特徴です。車格によってある程度クラス分けはされているものの、最終的な価格は入札で決まるというシステムになっているというのだから驚きです。
「COE」では各クラスで総台数が決まっており、購入した自動車は10年を超えて所有することはできません。10年で廃車になった分が月2回行なわれる入札に出され、その価格が決まるという仕組み。そのため、常に総台数は一定になるというわけです。
このような実情から日本では200〜250万円ほどで購入できる大衆車が、同国では800万円以上になることも。シンガポールでは自動車を所有することそのものが富裕層のステータス。庶民にとって車の所有は高嶺の花と言えるでしょう。シンガポールが「世界一車が高い国」とされるのも納得ですね。
個人が車を所有するには高いハードルが設けられているシンガポール。そのため、政府は、庶民の足としての公共交通機関の充実に力を入れています。シンガポールには、MRTと呼ばれる鉄道が5路線敷設され、鉄道が通っていない地域はバスがカバーしています。
このような公共交通機関に加え、同国ではタクシー、ライドシェアなどのモビリティサービスも充実。空港や駅などで待機しているタクシーに乗車することももちろん可能ですが、近年はスマートフォンのアプリを利用してタクシーを呼ぶことが主流になっています。また、シンガポールにおけるライドシェアサービスは東南アジア各国で拡大を続けている「Grab」を主軸に、RYDE TECHNOLOGIES、Tadaなどの新しいサービスを展開する事業者が伸びてきています。
シンガポールではライドシェアが国民の足として積極的に活用されています。最大の事業者は東南アジア全域でライドシェアビジネスを展開している「Grab」。Uberを撤退させるほどの勢いを持っています。
「RYDE TECHNOLOGIES」や「Tada」といった競合も奮闘するシンガポールでは、ドライバーに提示する料金や勤務形態などの条件をGrabよりも引き上げることで、契約ドライバーの数で対抗意識が芽生えています。
とはいうものの、競合の車両数は「Grab」に比べるとまだ少なく、なかなかドライバーが捕まらないという状況です。競合他社の奮闘により、さらなるサービスの拡充が期待されますが、「Grab」を凌ぐライドシェアサービスはまだ存在しないというのが実情のようです。
SNSでの利用者の声
車を所有していないシンガポール国民が移動する際によく利用しているのがカーシェアサービスです。中でも「Car Club」はシンガポールのカーシェアサービスの先駆者的存在。1997年にシンガポールで最初にカーシェアリングのサービスを開始した会社です。「Car Club」の料金はどのプランを契約するかによって異なります。例えば、ベーシックプランのエコノミークラスをピークタイムの17時から翌1時まで利用する場合、1時間 $8.18で利用することができます。
Car Clubを利用するにはまず、契約をし、その後Webサイトから近くのポートと呼ばれる駐車場を探します。ポートはマンションに隣接した駐車場や、スーパーマーケットの駐車場などさまざま。ポートごとにどんな車があるかは決まっているので、どのポートを利用するかは自宅から近いか、自分が使いたい車があるかなどで決まります。
シンガポールの一般家庭にとっては高嶺の花である車。ライドシェアなら乗りたい車を手軽に選択できるのが大きなメリットと言えるでしょう。
SNSでの利用者の声
■Car Club
https://www.tribecar.com/carclub
MRTやバス、ライドシェアサービスを使用するまでもない近距離の移動には、自転車や電動キックボードなどマイクロモビリティのシェアサービスが便利です。シンガポールでも都市部を中心にサービスが展開されており、中でもシンガポールに本社を置く「Beam」はアプリで簡単に電動キックボードをレンタルできるpay-per-use(ペイ・パー・ユース)のビジネスモデルを展開し、人気を博しています。
Beamの全ての電動キックボードにはIoTデバイスが装着されており、ユーザーはアプリをダウンロードすればどこに車両があるかをすぐに確認することができ、車両があるスポットまでアプリが道案内もしてくれます。利用時は車体についているQRコードを読み取ってロックを解除するだけでOK。サービスは分単位で計測され、目的の駐車スポットに着いたらアプリ操作するだけで支払いまで完了。この手軽さも人気の理由と言えるでしょう。
SNSでの利用者の声
モビリティサービスを主軸に、シェアリングの概念が根付くシンガポールではさまざまなシェアリングサービスが誕生しています。最近では日本企業のINFORICHがスマートフォン向けの携帯充電器のシェアリングサービス「ChargeSPOT®(チャージスポット)」を、シンガポール大手コンビニエンスストア「Cheers」で正式にスタートしました。
同国でのチャージスポットの設置場所は2024年4月時点で約140カ所にまで急増。今後、年間約1,000カ所のペースで増やし、2026年末までに約3,000カ所への拡大を目指しています。
スマートフォンの充電が切れることへの不安は日本もシンガポールも同じ。コンビニエンスストアとモバイルバッテリーという生活を豊かにする必須サービスを一ヶ所で提供することで、両社の顧客利便性の向上が期待されます。
■ChargeSPOT®
https://chargespot.jp/
ライドシェアやカーシェアサービスの発展により、MaaSを戦略的に進めるシンガポール。政府としてもこれ以上車を増やさないためにCOEの他にもさまざまな施策を打っています。そのひとつがスマートフォンアプリ「MyTransport.SG」です。国の機関が運用するこのアプリは、出発地と目的地を入力すれば、MRTやライドシェアなどを組み合わせて最適な移動経路を検索することができます。アプリではEV(電気自動車)の充電スポットの空き状況をリアルタイムで確認することも可能です。
現在、「MyTransport.SG」には9つの事業者が掲載されており、それぞれが独立したアプリと決済方法を展開しています。将来的には運賃の決済やモバイルチケットなどの仕組みを提供していくことが可能となっており、それらを組み合わせることで本格的なMaaSを実現することができるでしょう
同国によるMaaSへの取り組みは、日本のモビリティ社会においても見習うべき点が多くあります。渋滞緩和やカーボンニュートラルなどの環境問題など、MaaSの取り組みは今後、世界のスタンダードになるかもしれません。