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2024.08.20
おだりょうこ

スナック経営の修行の場に選んだのは飲食店の“間借り”。人が集う、あたたかい場所を目指して。

仕事を終えて家路に向かう途中、寄り道できる“酒場”があること。それは日々の営みを支えるお守りのような存在なのかもしれません。その場所が、美味しいお酒と料理が楽しめて、気さくな店主がいるところだったらすてきだと思いませんか?

東京・高円寺の有名パスタ店閉店後の22時、その店はひっそりと姿を表します。夢の実現に向け、スペースを“間借り”することを選択した「間借り酒場Q」のマスター・小倉久さんの「レンタルスタイル」からは、スナック経営の夢の実現と、生涯現役で働き続ける“生き様”が見えてきました。

ぼくが”間借り”を選んだ理由

 

小倉久さん(40代、男性)

職業:フリーランスの編集者、「間借り酒場Q」のマスター

借りた場所:閉店後の「スパ吉 高円寺」

 

「飲食店に興味を持ったきっかけは、学生時代のアルバイト経験です」

と、話す小倉さんは大手出版社を退職後、現在は昼はフリーランスの編集者、週末夜は「間借り酒場Q」のマスターとして活動しています。お店は金曜日から日曜日の3日間、自家製生パスタ専門店「スパ吉 高円寺」閉店後の22時に開店、翌3時までの営業です。

 

「当時、1号店として吉祥寺にオープンした『スパ吉』のオープニングスタッフだった僕は、店が人気店に成長していく過程をアルバイトとして携わった大学4年間、ずっと見ていました。飲食店の運営のあり方や経営を知るうちに、“飲食店っておもしろいな”と思うように。出版社に就職後も通い続け、以来、オーナーの平田潤さんとも20年以上にわたって親しくさせてもらっています」

初期費用をかけずにノウハウを身につけることができる

「間借り酒場Q」は読んで字の如く、既存の飲食店を“間借り”して営業するスタイルのお店です。カウンターだけの小さな店内には仕事帰りのサラリーマンや、勤務を終えた周辺の飲食店の人たちがお酒と料理、そして会話を求めて集い、いつも賑わっています。

 

「スパ吉は21時閉店なのですが、夜中まで人通りの絶えない通りに面した立地なので『本当はバーみたいな営業ができるといいんだけど』という平田さんのつぶやきを聞いて、『だったら僕、やってみたいです!』と立候補したのが『間借り酒場Q』をオープンしたきっかけです」

 

小倉さんの夢はスナック経営。間借りではあるものの、店主として店を切り盛りできるのはスナック経営の修行の場として願ったり叶ったり、と小倉さんは言葉を続けます。

 

「店舗としての“ハコ”はもちろん、厨房機器も借りることができるので、初期投資がかからないことが間借りの魅力です。間借りとはいえ、あくまで僕の立場はアルバイト。スパ吉の深夜営業を任されているといえばわかりやすいでしょう。マスターとして1人で調理から接客までを担う経験は、今後のスナック経営に活かすことができると思っています」

 

こうして始まった小倉さんのマスター修行。でも、大手出版社を辞めてまでなぜ、スナック経営なのでしょう。そこにはある“ママ”との出会いが深く関係していました。

「スナック」に魅了されて。

大手出版社の編集者として忙しい日々を送っていた小倉さんはある日、「スナック特集」の企画を担当することに。取材を進めるうちにスナックの魅力にすっかりハマったと、当時を振り返ります。

 

「取材を終え、スナックとは地域のコミュニティーのような存在であることに気がつきました。飲食という枠を超えた地域のインフラでもあるスナックには、さまざまな世代、バックグラウンドを持つ人が集います。それを統制しているのがママ・マスターと呼ばれるスナックの店主です。とあるママとの出会いが、人生の転機になりました」

 

東京・湯島にあるそのスナックを切り盛りしていたママは、子育てがひと段落した40代のときにスナックをオープン。以来、40年にわたって湯島の大人の社交場を守り続けてきました。かつて、社用族が通っていたことで知られる湯島は、接待にスナックを使う人が多く、仕事から解放された引退後も通う人、現役のサラリーマンなどさまざまな人がママを訪れていました。それはまさにサードプレイス。多くの人に長年愛され続ける理由はどこにあるのでしょう。

 

「お酒が美味しい、おしゃべりが楽しいことはもちろん、ママがとても魅力的だったことです。ママが魅力的だからお客さんもすてきな人たちばかり。何ともいえない居心地の良さを感じましたね」

ママの生き様から見えた死生観。生涯現役であり続けたい

そんな尊敬するママが2023年1月、亡くなってしまいました。

 

「それは突然の訃報でした。80歳とは思えないほど若々しいママは、亡くなった当日も店に立ち、十八番の美空ひばりを歌っていたそうです。悲しみや虚無感などさまざまな感情が渦巻くなかで思ったことは、“死ぬとき、どうありたいか?”という自分への問いかけでした。

 

会社員は定年があり、フリーランスとて、いつかは限界がやってきます。死の直前まで働いていたママの生き様から、死は生の一部であることをまざまざと見せつけられた僕は、ママのように生きたい、人々が集うスナックのマスターとして人生を終えたいと考えるようになりました」

 

スナック経営を目指す決心をした小倉さんは2023年7月、海の日に「間借り酒場Q」をオープン。2024年3月に出版社を退職した後、フリーランスの編集者と「間借り酒場Q」のマスターとして第二の人生をスタートしました。

場所と食材を“シェア”する「間借り酒場Q」

「間借り酒場Q」は深夜営業でありながら、しっかり食事ができるのが魅力です。メニューには小倉さんこだわりのお酒と「スパ吉」の自家製熟成生パスタを使った料理が並びます。

 

「当初のコンセプトはワインバー的なイメージだったのですが、仕事を終え、帰宅が遅くなったときにお酒だけではなく、食事もしっかりできるほうが喜ばれるという平田さんからのアドバイスがあり、『スパ吉』から特別に生パスタも提供してもえることになりました」

ある日のメニューを見ると、「スパ吉コラボ」と銘打った、もちもち生ペンネのアラビアータや特製ミートソース、お酒のアテにぴったりな特製マヨのウフマヨ、ポテトトリュフバターなど、「間借り酒場Q」でしか味わえない料理ばかり。ドリンクはグラスワイン各種、ジン、ラム、ウォッカ、ウィスキーの他、フレッシュフルーツを使った各種サワーと、夜ふかしにぴったりなお酒を楽しむことができます。

「昼間は編集の仕事があるので、食材を仕入れたり仕込みをしたりする時間の確保は難しく、平田さんから食材の提供のお話をいただいたときは本当にありがたかったです。また、昼の営業で余った食材を夜営業で使うことで、フードロスにつながることも大きなメリットです」

美味しいお酒と料理がある場所に人は集う

スナックの一般的なイメージは、どちらかというとお酒がメイン。おつまみはいわゆる“乾きもの”。「間借り酒場Q」を切り盛りすることで、自分が経営するスナックのコンセプトが明確になったと小倉さんは話します。

 

「あたたかくて居心地が良く、美味しい料理とお酒がある場所に人は集うことを、『間借り酒場Q』のカウンターに立つことで改めて実感しました。そのどちらも兼ね備えたスナックをつくりたいと思っています。働く人にとって、仕事を終えた帰り道にふらりと立ち寄ることができておしゃべりと歌も楽しめる、そして料理とお酒が美味しい、そんなサードプレイスを目指したいですね」

 

そんなスナックを彷彿させる店は、JR高円寺駅北口から徒歩5分、住宅街に抜ける途中にあります。週末の22時、店先に灯る「Q」の提灯を目印に訪ねてみてください。美味しい料理とお酒、そして気さくなマスターが待っています。

 

そこで感じた“居心地の良さ”は近い将来、スナックという新たなかたちで感じることができるはず。

その日まで、「間借り酒場Q」で一杯と、いきましょうか。

間借り酒場Q

 

東京都杉並区高円寺北2-38-13

営業時間:金土日(時々月も)、22時〜翌3時

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